ときめきはあの空の下で(一) 作:越水 涼
ときめきはあの空の下で(一) 作:越水 涼 一月の終わりからか、二月に入ってからかが定かではないのだが陽が延びたような気がする。というのも、定時を過ぎてからの表のシャッター閉めの時に感ずることである。定時の五時半はもう真っ暗で植木のスタンドライトやら事務所内のブラインド越しの灯りがないと、シャッターの柱を立てようにもその穴が見えないのである。いまだにこの会社は昭和の真っただ中にいる。手動である。アナログである。朝は柱を外し、夕方に柱を挿す。北1から北4までの四本の柱を挿してから上部の穴に棒をひっかけて降ろし、鍵を挿してまわす。会社の営業日ずっとこの作業が存在している。それが今はまだ外が明るいのである。助かるのだ。 と言っても、誰でも、どこでも、どの会社でも、どの役所でも、どの学校でも、一つや二つ昭和時代から存在するこの類の「行い」はきっとあるに違いない。問題は、それが本当にやるべきことなのか、別の方法があるのだが金がないからできないのか、何にも考えず続けているのか、むしろその点をよく考えるのが大事なことなのだろう。因みに私の会社は金がないから続けているのだが。私が思うに、時間がない、金がないというのは事実だとしても、何か懸命にそれを解決する方法をあなたは考えましたか?と問いたい。もう三十分早く起きる。仕事を的確に分担する。銀行に交渉して金を借りる。その金で人を入れ仕事を獲得し売上と利益を確保する。そういう流れになるように、メンバー全員が知恵を絞る。これができていないがために、私の会社のシャッターは電動にならないし、柱をドアにぶつけて傷だらけになっているわけだ。 人が減ったまま、仕事が減ったままで何の手立ても打たなければ、流れは変わりようがないのだ。だが、それはあなただけではない。この私もである。毎朝六時に起き、妻に弁当を持たせてもらい、娘にアイロンをかけてもらい、昼休みには株の売買で一喜一憂する。時に道草しラーメンでも食べ、加えて妻の用意してくれる晩飯を文句も言わず食べる。加えて旨かろうが不味かろうが一本飲む発泡酒。風呂の水を落とし、風呂を沸かし、ひとり冷たい布団を押し入れから出して九時に寝る。こんな、毎日の発展性のない、変わり映えのしない行動ではまったくもって駄目なのである。明日こそは変化を意識しないといけない。せっかくの快晴の空に、顔向けできるよ...