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ときめきはあの空の下で(五)前篇 作:越水 涼

 ときめきはあの空の下で(五)前篇 作:越水 涼  昭和六十二年の冬、私は人生の分岐点にいた。五年間のモラトリアムに見切りをつけ、故郷に戻って来たのだ。或る夢を描いて大学に入ったもののその頃の私にはまったく手の届かぬ夢だった。その思考も頭脳も経験も勇気も、すべてにおいて不足していたのだ。仲間の中にはどんどんのめり込む者もいれば私と同じように諦める者もいた。高校の通学以外では滅多に電車もバスも乗ったことのない十八歳の私にとって、その地方都市は十分すぎる程都会で、輝いて見えた。何もかもが初めてで何もかもにときめいていたと思う。しかし、夢を叶えることもできずあっという間の五年間だった。両親には四年で帰って来る約束のところをもう一年延ばしてもらっていた。五年目の十二月、一年住んだ駅からほど近いアパートに別れを告げることにして、荷物をまとめた。このアパートは五年の間に私の家族が唯一泊まった。卒業式の前日に母がただ一度泊まって、晩飯を大衆食堂で食べた。今数えれば、母はその時五十五歳、今の私よりずっと若かった。卒業はするもののもう一年その地に留まることはその時点で話していた。そこに引っ越す前の下宿の近くの公衆電話で話した。 「公務員試験に、もう一回挑戦したいんだ」 「なに、戻って来んのかね?」 「こっちで、聴講生で籍を置いて。バイトもするから、ごめん」 「…」  母は泣いていたようだった。 「涼、そう言うなら仕方ないねえ」電話は祖母に替わっていた。  息子と四年間離れて暮らし、やっと帰って来ると思っていたところに急に一年延びると。母親にとってかなり寂しい思いをした筈だ。それは、妹も同じだっただろう。  一年後。年末だったのか、年始だったのか、私は故郷に戻った。そして、職安に出かけた。求人を探した。それも車のない私は多分バスで行ったのだろうか?それも憶えていない、三十九年も前のことである。

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