或る夏の朝 作:越水 涼
或る夏の朝 作:越水 涼
浩二は歳のせいか、四時には尿意によって目が覚めるのが常になった。今朝もそうだった。今日は父親の命日である。それも所謂十三回忌の日だった。法事は既に母の四十九日法要と合わせて済ませている。ただ、本当は今日だった。朝の仏壇には親父の好きだったビールを供えた。代々から引き継いだ株を持っていた父の株を浩二は大方メンバー替えして、その一つの株の優待品である。軽井沢ビール。浩二も旨いと思い、また現地でも飲んでみたいなどと考えている。
あの日は夏そのものの暑い日だった。今日違うのは冠水が起きるほどの雨が降っていることだ。さっき晴れていたのに今は真っすぐに降る雨というような不安定な空。当時浩二は仕事に押し潰され、体も心もおかしくなっていた。父も母が側にいなくなっておかしくなって行った。浩二も自分のことさえ危うい時、どうしてやることもできなかったのだろう。ただ後になって思ったのは、もう少し、ほんの少しでも気にしてやれば違う結果になっていたのかもしれない、ということだ。朝家を出る時、時々ではなく毎日顔を見てやっていれば、時々でも晩酌に付き合ってやればよかったのにというようなことだ。代々気の弱い浩二の先祖の男たち。祖父も父も、写真でしか見たことのない曾祖父もどこか気の弱そうな顔をしている。少なくとも浩二にはそう見えた。
「お父さん、買い物はどうする?時間あるから連れてくよ」「今からか?なんやら腹の調子が悪いで、どうしようかしゃん」「いいよ、じゃあもうちょっと後にしようか?」「うん、なら昼からでええわ」「わかった」こんな会話をしていた。
浩二が休みの日に連れて行っていたスーパー。父親が亡くなってからは滅多に行かなくなった。最後に行ったのはいつ頃だったろう?なんでもっと優しく接してやらなかったのだろう?夏の日射しを感じる時、彼は当時のそんな自分の気持ちを思い出すのだった。
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