私はいつまでもあなたと歩きたかった 第二章 談笑  作:越水 涼

第二章 談笑
 
 わずかに空いているテーブルを見つけた私達はそこに座った。客は初老の夫婦や、二十歳代のカップル、子ども連れの女性と色々だった。二人ともホットコーヒーを注文して、周りの声と静かなBGMの中で私達は話し始めた。
「本当に弘子なんだね。びっくりしたよ。こんなところで会うなんてさ」
「そうよね。でも、何年振りかな?三十年にはなるよね」
「うん。でも、すごいのはさあ、お互いに顔が分かったってことだよ。僅か数秒で三十年以上も前の記憶を呼び覚ましたんだから」
「うん」
「弘子、白髪、多くなったな」
「そうだけど、浩二さんだって同じよお」
 私も、彼も学生時代には既に少し白髪はあった。二人とも髪は硬くて多かったなあ、と思い出していた。
「誘っておいて何だけどさ、今、新幹線待ちなんだよね。あと一時間」
「あっ、そうなんだ」
「弘子は何で?」
「実は私、今、福井で大学の職員やってるんだけどね。それの募集で、学生のね、就職ガイダンスを名古屋でやっててね」
「へえ。そうなの」
「大学の職員なんて全然人気なくってさ」
「そうかなあ、色々あって面白そうだけどな」
「ううん、何にもないよ」
 大学の一年の予定は毎年毎年変わることなく、淡々と過ぎていく。特に有名な教授がいるでもなく、これといった大きな特徴があるわけでもない。そんな中、決まったことを逸れることなくこなすだけの仕事をしている。
「で、浩二さんは?」
 私には、浩二の今の生活がどんな風なのか聞きたかった。私は彼を嫌いになって別れた訳ではなく、彼からも彼の気持ちをはっきりとは聞いていない筈だ。
「俺か?平凡なサラリーマンだよ。ずっと同じ会社でさ」
「そうなんだ。真面目だったもんね、浩二さん。しっかり計画立ててさ。色々連れて行ってくれたもんね」
「そうだっけ?あんまり覚えてないけど」
「えっと、ご家族は?」
 指輪が薬指にあるのを気付いていながら私は聞いた。
「三十過ぎて結婚して、娘二人いるよ。しがないオヤジさ」
「そうなんだ。いいじゃない。幸せなんだね?」
 私は本当にそう思った。彼が幸せならそれでいい。私は彼が笑ってくれるのが嬉しかった。あの頃は楽しかった。
「ああ、まあ。普通だよ。弘子は結婚してるんだろ?」
「ううん、独身だよ。もう、嫌なこと聞かないでよお」
「そっ、そうなんだ。独身なんだ」
 二人の間に沈黙が流れた。だから、何なの?本当は昔の知り合いに会うのは特に嫌なのに。
「悪いけど、そろそろ行くわ」
「うん、会えてよかったよ」
「うん、よかった」
 会計は、彼が払い、私達は店から出た。
「あっ、そうだ。電話番号聞いていい?携帯の」
 別れ際に浩二が言った。ガラケーを手にした彼に彼の言う番号を聞きながら、私のスマホから電話をかけた。
「ありがとう。じゃあ」
「元気でね。聞いたからには本当に電話頂戴ね」
「おう。元気で」
 店の前で私達は別れた。私は地下街の雑踏に消えて行く彼の後ろ姿をいつまでも見ていた。

                                      続く


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