私はいつまでもあなたと歩きたかった 第三章 回想(一) 作:越水 涼

第三章 回想(一) 

 浩二と別れ、今夜泊るチェーンホテルの狭い部屋に戻った私は、さっき買った発泡酒を一口飲んだ後、目を瞑りあの頃の記憶を手繰り始めた。
 何せ三十年以上も前のことだ。きっと厭なこともあったのに、それだけの年月が経てば全てがいい思い出になってしまうものだ。
 初めて会ったのは、私が一年生、彼が三年生の夏。夏休みを直前に控えた頃だった。今の時代、もう死語になっている「ミニコミ誌」を作るサークルへ彼が途中で入って来たのだ。十人にも満たない小さなサークルだが、それでも隔月で十六頁のカラー刷りのミニコミ誌を発行していた。
 元々文章を読むことも書くことも好きだった私は入学と同時に、何故か新聞部でもなく文芸部でもなくこのミニコミ誌サークルに入った。
 ある地方都市の小さなこの大学には、大小様々な百以上のサークルがあり、それぞれ自由に活動していた。四階建てのサークル棟には各サークルに一部屋ないしは隣り合わせの二部屋が与えられていた。私たちはその部屋を”BOX”と呼んだ。BOXの中や外では夜遅くまで、時には朝までそれぞれのサークルが情熱的に活動していた。その春は私ともう一人の女の子、そして夏に途中入部の彼が入って来たのだった。

「じゃあ、自己紹介してくれるかな?河井君」
 今年も再び留年した六年生の部長が挨拶を促した。
「はい。名前は河井浩二です。経営学部三年。山本ゼミ所属です。趣味は読書とパチンコです。いつも金欠です」
 それを聞いていた女子部員がクスクス笑った。
「何も分りませんけど、よろしくお願いします」
 その時、何か二歳年上なのに弟のようにしか見えない浩二の笑顔に、私は一人で顔を赤らめて俯いていた。彼との間に何かが始まりそうな勝手な予感が、何故だか私の胸に静かに迫って来た。

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