私はいつまでもあなたと歩きたかった 作:越水 涼

第一章

 私は、出張のその日、一日の軽い疲れを感じ乍ら、宿泊するホテルから出て目に入った近くのコンビニで僅かな買い物をした。おにぎり2個と缶ビール。この歳になっても金曜日に出張で名古屋で1日過ごし、一人で泊まり明日も今日と同じ就職ガイダンスの企業側の人間として参加している。わざわざ福井から来ている。
 同僚なり、部下なりと一緒ならば、コンビニではなく居酒屋にでも入りたかった。この季節に熱燗でも飲めばきっと、気持ちは落ち着くだろう。しかし、アラフィフの年相応にしか見えない女が一人で酒を飲む姿は、多くの男の目にはきっと醜いものとしか映らないだろう。いつからだろう、こんなに自分に自信が無くなってしまったのは。
 伏し目がちに夜に近づく雑踏の歩道を歩いていた私が見たのは、視線を上げたまさにすれ違う瞬間に、いつか見たことのある、でも、ずっと昔の顔だった。そう思った瞬間に後ろを振り返った先にはその男の姿らしきものはもう無かった。私はその場に立ち止まり、歩道の脇に暫く何を見るでもなく佇んでいた。が、時間にして恐らく1分もしない内に、さっきの男が私の方へ向かって来たのだ。私の顔を何か険しい顔付で凝視している。男が私に話しかけて来た。
「もしかして、弘子じゃないか?」
「えっ、そうだけど。浩二さん?」
「偶然だなあ。こんなところで会うなんて。奇跡だよ。こんなことってあるんだなあ」
「そうよね。すごい偶然」
 彼は私の大学時代の恋人だった。別れてから一度も会っていない。いや、一度大学に遊びに来た彼を遠くで見かけた。と、記憶を追いかけて押し黙った私に、彼は少し話せないかと言った。今日は2月22日、昔別れたのもその頃だった。そんなことをすぐ思い出した自分に驚いていた。
「じゃあ、地下の喫茶店に行こうか」
「そうね」
 私は歩き始めた彼の後を、見失わないように追いかけた。

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