私はいつまでもあなたと歩きたかった 第八章 思いがけない夜 作:越水 涼

第八章 思いがけない夜 

 浩二と偶然再会していつの間にか半年が経った。今日は定時で帰宅し、今窓を開け放したところだ。外の田んぼの稲穂は青々と茂り、夏の暑さの中にもへこたれていない。八月三十一日。このところ夜は暑さで起きることもなくなった。夢に彼が出てくることが減った分、通勤途上や寝る前に時々その記憶が蘇った。

 日記はBOXの本棚にぎゅうぎゅうに詰まっている「朝日新聞縮刷版」の背後に入れることになった。あの大量の本の中で一部が前に出ていても、誰も気に留めないだろう。その奥に「交換日記」があることなど考えもしない。そのプランは浩二が思いついた。先に書いたのは勿論彼だった。

 1984.8.28 

 今、日記を書いています、僕は初めて女性に好きだと言いました。君と逢えてうれしいです。前にも話した通り、君と色んな場所で、同じことに笑って、泣いて、怒って学生時代をちゃんと生きていきたいです。何でも書いて下さいね。では、おやすみなさい。

 この前の喫茶店でのセリフからしたら、その文章は何か違和感があった。幼稚。中学生レベルだ。でも最初はこんなものかと思い直し、私も書いてみた。

 1984.8.31

 今日、一人でBOXに来ました。浩二さんはバイトが忙しいんですね?部屋には誰もいません。打合せ通り、縮刷版をどけて日記を見つけました。なんだかワクワクします。私も交換日記は初めてなの。何を書けばいいのかな?母といると窮屈で、いつも子ども扱いして私の自由にさせてくれないの。今日も家を出ようとするとどこに行くのってうるさいのです。それと、浩二さんは参加できなかったけど、サークルの合宿、白樺湖畔のペンションで、楽しかったよ。ボートに皆で乗って、空の青さが印象的だったよ。浩二さんがいなくて寂しかったケド。

 丁度、寝ようとして目を瞑った時だ。私の携帯が鳴りだした。それは名古屋で再会した時に登録した浩二の番号だった。私はタップした。

「夜遅くにごめん。元気だったか?」その声は、まぎれもなく浩二の生の声だった。

「うん。今寝ようとしてた」

「ああ、ごめんね」僅かに逡巡があり彼は言った。

「実は、今度金沢へ行くんだ。家族旅行。その日会えないかな?」

 私は思いもよらない彼の言葉に驚いてすぐには声が出ない。

「弘子、聞こえてる?」

「うん。聞こえてるよ」

「家族で9月18日に金沢へ行くんだけど。妻と子どもは朝から出発で、俺は会社終わってから夜行バスで名古屋から向かうんだ。だから、19日に会えないかと思って」

 何か平然と突飛なことを言う彼に少しの間押し黙った。

「…」

「どうかな?せっかくそっち方向に行くから会いたいと思ってサ」

「わかった。会うよ」

 私は彼の意図が分からなかったが、でもやっぱり会って話したいと思った。夢の中じゃなく、記憶の中ででもない、本当の今の彼にもう一度会いたかった。


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