私はいつまでもあなたと歩きたかった 第十二章 青春の影(二) 作:越水 涼

 第十一章 青春の影(二)

 長い曲が終わり、私は彼を見て言った。

「浩二の誕生日に部屋に泊まったの覚えてる?」

「……ああ覚えてるよ」

「あの日私、浩二に抱いて欲しかったのよ」

「…」

「色んな事話して、浩二を好きになって、日記にも私のこと好きって書いてくれて、私決めてたのに…」

 暫く間があって浩二は言った。

「その頃は就職も諦めて、もう一年大学に残ろうかって思い詰めてて、誰にも相談できなくて、こんな自分では弘子に責任が持てないって逃げてたんだと思う。抱きしめたいなんて日記に書くのは簡単だから」

「そうなの?何で話してくれなかったの?悩んでたなら一緒に考えればよかったのに」

「それと…」浩二が言い澱んだ。

「それと、何?」

「部長のことどう思ってたの?弘子はあの人のこと好きだったんじゃないのか?」

「浩二はそんな風に見てたの?確かに部長のことも気にはなってたけど。でも、あの夜あなたが抱いてくれていれば、強く何か言ってくれていればそれで決心が付いたと思う」

「……。難しいな。その頃、やっぱり俺は自分の気持ちをしっかり表に出せない人間だったし。もっと弘子に真剣に向き合っていればよかった」

 私は次の朝一人で彼の下宿を出て家へ帰ってしまった。そして次の日からは冬休み、そして春休みになって彼もアルバイトが忙しくて、私も休み期間中は大学へ行くこともなかった。彼は三月の卒業式にも出ず、四月からは形は聴講生として大学に籍はあったものの、サークルのBOXにも全く来なくなった。そして、あの夜から一年近くが過ぎて二月、彼も下宿を引き払い故郷へ帰ったと部長から聞いたのだった。そして、彼の元に行ったきりの交換日記がどうなったか気になっていた。

 私があの日夜明け前に書いた日記は大体こんな感じだったと思う。

 1986.1.31

 お早う。浩二さん。あなたはまだ眠っています。飲みすぎだよ。私は全然眠れなかったよ。二十二歳の日々が充実するのを祈っています。私とのこともこれからもヨロシク。今日は帰ります。

 二人黙っていると、マスターが目の前に来た。

「これはサービスですから。コーヒーです」芳ばしいコーヒーがあの店でのことを思い出させた。

「これ飲んだらここは出よう」

「そうね」

「帰りのバスは四時半に出るんだ」浩二が言った。

 私が腕時計を見ると二時を回っていた。



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