私はいつまでもあなたと歩きたかった 終章 白い彼岸花 作:越水 涼

終章 白い彼岸花 作:越水 涼

 その後、浅野川大橋の”橋場町”からバスに乗って、”広坂・21世紀美術館”のバス停で私達は降りた。道が混んでいた為か二十分位かかった。時間なのか場所なのか、こちらはいやに人が多い。その中を二人黙って歩いた。”いしかわ四高記念公園”で行われている”金沢JAZZ STREET 2020”を浩二が観たいと言ったのだ。

 ステージではギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、トランペット、サクソフォーンとボーカルの編成で軽やかなジャズを演奏していた。パイプ椅子に座る多くの観客が、中にはビールを飲み、串焼きを食べながら聴き入っている。周りには”一番搾り”の大きなのぼりが風にはためいている。

「ビール飲もうか?」と浩二が聞く。

「いいわね」

「よし、ちょっと待ってて」浩二は待ってましたとばかり、小走りに売店の方へと歩いて行った。

 私達はステージから一番遠い椅子に座った。ビールを飲み乍ら二人、音楽を聴いた。

「弘子。俺思うんだ。学生時代にやって来たこと、考えて来たことは勿論今と繋がっているし、あの経験がなければ今のように生きていたかどうかも分からない。弘子とのことも絶対必要な経験だったと思う」

「私も浩二と一緒に過ごしたあの時間は学生時代の一番の思い出よ。それがなければ私もどうなっていたか…。あなたとならどこの町でもいい、どの時代でもいい。ずっといつまでもあなたと歩きたかったんだけれど」私は今日言いたかったことをやっと言えた。

「ごめんな。もっと俺に勇気と自信があったらよかったのに」

 一時間程、生の音楽を聴いて私達は金沢駅へとバスで移動した。彼は、改札の前まで見送ってくれた。

「ありがとう。会えてよかった。本当に楽しかったよ」私は何か晴れ晴れとした気持ちで言った。

「ううん。こちらこそ。今日はいい一日だったよ。お互い健康でいたいね。それにしても、俺の奥さんも娘も何も言って来ないんだけど。どう思う?この近くに皆いる筈なんだけど」

「たまの一人旅、させてくれてるんじゃない?」

「そうかなあ。あっ、それと俺ブログ始めたんだ。気が向いたら見てくれよ。”越水涼”で検索すれば分かるからさ」

「へえそうなんだ。分かった。また見てみるわ」

 今日の数時間のことが今も夢のようだ。私の愛した人と三十年以上も前のことを再び共有できた。ありがとう、浩二。

「じゃあね。浩二」

「ああ…」

 浩二は小さく右手を挙げた。私も手を振ってから、改札へと歩いて行った。私はもう振り向かなかった。

 帰りの電車は特急ではなくわざと時間をかけて帰ることにした。この時間、席は空いていて座ることができた。暫く目を閉じると彼の言う”回想力”を思い出した。何十年も前のことでも思い出すことで、その頃のその場所に行けるのだと。それも彼の贔屓の作家の受け売りだったけれど、確かにその通りだなと思った。

 次は福井、と告げる車内アナウンスが聞こえ私は目を開けた。浩二がブログをやっていると言っていたのを思い出した私は、スマートホンを開ける。”越水涼”は検索すると何とトップに出てきた。私は次の頁を開く。二十以上の投稿があるようだ。その中のたまたま選んだエッセイに今の家族とのエピソードが書かれていた。娘さんのことだった。彼が娘さんを如何に大切にしているかが伝わって来る。彼は幸せなのだと思った。彼が幸せならいいじゃないか。誰とであっても今、彼が幸せならそれ以上何を言うことがあるだろう。

 私はふと、窓越しに見える小さな川の土手に白い彼岸花の群生を見つけた。それは”また会う日を楽しみに”と私に語りかけてくれているように思えた。そんなことを思っていると”ライン”で、娘からのメッセージが来た。

「今から子ども連れてお母さんち、行っていい?」

 そう、もう一人愛した人が私にはいた。だから私にはこの娘も、この孫もいるのだ。もうすぐ一歳になる孫娘。今日はどんな笑顔を見せてくれるだろう。私は今、老いへと向かうこれからの日々でさえも、意外に楽しいものなのかもしれないと思う。そして三十年以上も会っていない私の母にも、いよいよ向かい合わねばと思い始めていた。      

                                       了


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