僕は銀杏<冬> 作:越水 涼

僕は銀杏<冬> 作:越水 涼

 僕は2月なると同時に剪定されて、幹には短い枝がぽつぽつ出ているだけの太い棒のようになったよ。遠くから見たら銀杏って分からないと思うよ。でもずっと昔からそうなんだ。今は僕ら休眠の季節だからね。人間さんが考え出した知恵なんだ。道路にはみ出ちゃいけないし、電線に当たるくらい伸びてもいけないしね。枝をこんなにされても温度が上がって来たらまた枝を生やし、葉っぱも付けるさ。そして十一月になれば大量の葉っぱを身にまとい、そして毎日毎日歩道に降らせて見せるよ。まだまだ先のことだけど。毎年毎年の繰り返しさ。

 そうそう、その僕の足元に積もった葉っぱをその時期毎日掃除してくれるのがあの人だ。今日も食堂で愛妻弁当食べてたな。今は角田光代さんを読んでるみたいだ。少し前まで『八日目の蝉』を読みながら新しい小説の参考にしようとしてるようだったな。あの人は今日でこの会社に入ってちょうど丸三十四年なんだ。僕見ていたからね。面接に来た時はまだ今みたいに白髪頭じゃなかったけどね。今より顔も細かったなあ。昔も今も、基本静かで無口で滅多に喋らない人。そのくせ何故だかくしゃみだけは大きくて、三階の食堂でしたくしゃみが一階まで聞こえるんだからなあ。笑えるよね。

 一口に三十四年と言っても掛け算したら八千八百日も会社に来てるんだよ。毎朝ほぼ同じ時間に来て、シャッターを開け、季節によって時間は少し変わるけど六時から七時にシャッターを閉めて。この前みたいに雪が積もれば雪かきもしていたよな。長い年月にはそりゃあ色んなことがあったと思うよ。楽しいことも、嫌なことも、苦しいことも、悲しいことも、悔しいことも。

 僕はずっとこの場所で見て来たしこれからも命ある限り見て行くつもりだけど、人間さん、毎日毎日同じことの繰り返しでいいんじゃないのかな。ほーんの少しその中に素敵なことを見つければいいさ。この一年も新しいウイルスのことで世界中大変だったし、まだまだこの状況が続きそうだけど、地味に地道に、精一杯やろうよ。じゃあ、春までお元気でね。


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