新しい太陽と小さな幸せ 第二話 作:越水 涼

 新しい太陽と小さな幸せ 第二話 作:越水 涼

 今年は税務調査のない十月。そう、一昨年の税務調査は一か月以上前からドキドキしていた。社員旅行のない十月。そう、もう全額会社持ちの社員旅行が開催されなくなって何年になるだろう?十年?いや十五年?何もない十月は多分一番仕事上には平安な時期だ。その分気持ちに余裕があり、今日の楽しみを毎朝設定する。忙しい時期だとこうはいかない。これをやって、あれもやって、それに加えて周りから急に、これ頼む、あれ頼むと来る。楽しみさえ考える隙もないのだ。

 今週はよかった。

 月曜日会社帰り。かねてからどの辺りだろうと思っていて訪問したことのない玉宮町のラーメン屋に行く。緊急事態宣言中で、近年飲み屋街として名を馳せているエリアであっても多くの店は真っ暗な通り。適当に歩いて行った角にそのラーメン屋はあった。客は一人帰るところだった。ノンアルコールビールは切らしていて残念だったが、鶏がらスープと細いが腰のある麺が、美味かった。

 火曜日。課の壁時計の時間が遅れて行くのに気づいたのは先週だったが、ボタン電池を買う時間がなく、一時間に二分遅れていたのに遅れる度に人為的に合わせていた。思い切って昨日注文しておいた電池が今日届いた。交換した。全然遅れなくなった。会社帰りにはモレラのエディオンに行く。髭剃りの刃と音楽CDーRを買いに。ゾフへは汚くなった鼻パットの交換に行く。髭剃りは三年程前に勝ったブラウンのだが、半年位前に刃の網のところに孔が開きそこが肌に触れないように使っていたのだが、さすがに妻が「いいかげん新しい髭剃りか替え刃か買ったらどう?」と言うので合う替え刃を三千円弱で買う。今はこんなに剃れるならもっと早く買うんだったと思っている。鼻パットも一種の”黴”なのか緑色になっていて、妻が「よくそんな汚い眼鏡してるね」と言うので換えに来たのだった。愛想のいい店員に話して待つこと数分、綺麗な鼻パットと眼鏡全体もクリーニングしてくれた様で綺麗になっていた。どうやら私には「もっと早くやっていればよかった」ことが多い。

 水曜日会社帰り。これも以前調べていたラーメン屋に寄る。ここも鶏がらスープ。ノンアルコールビールと共に。美味しい。しかし、冷房が余りに効き過ぎていて残念だった。帰宅すると、ここのところ教育実習中の娘が今日も明日の授業案をパソコンで作っている。パソコンが苦手な私からすればよくもこんな綺麗に読みやすい文書を何ページも作るなあと思い、感心する。私はといえば、昨日買った録音用CDーRにパソコンのウオークマンアプリに入れた「おいしいパスタがあると聞いて」をダビングしようとするのだがうまくいかない。CDーRが不良品なのか、パソコンのCDドライブの故障なのか。四枚変えてやってみたが途中で止まってしまう。今日は諦めた。

「実習楽しいの?」

「うん。二十八人の顔と名前覚えたよ。皆可愛いよ。先生、先生って寄って来るの」

「そうか、楽しければいいさ、とにかく行き返りは気を付けてな」

 朝、私より早く家を出発し、帰りも私より遅く帰って来る。担当の教諭が撮ってくれた娘の書いた黒板の写真を見せてくれる。本当に授業やってるんだ。思わず私は泣きそうになる。

 木曜日会社帰り。暑いのもそろそろ終わりだろうと思って、たまに行く蕎麦屋に向かう。店先の看板に電気は灯っていない。緊急事態宣言中で休業中なのかもしれない。「むらせ」私はこの店のざる蕎麦の右に出るものはないと思っている。また来よう。

 金曜日会社帰り。週末なのと、緊急事態宣言が解除されたからか、人通りが多い。ゆず塩ラーメンの店に入る。カウンター席に夫婦が一組。入口すぐの席に座り、ゆず塩ラーメンとノンアルコールビールを注文する。三分後、シャキシャキもやしのうず高く積まれたラーメンが出てきた。一口食べてすぐゆずの香り。美味い。満腹。

 土曜日。四時半起床。休日は何故か早く目が覚めるのだ。今週録画していたドラマを三つ程観る。私の一番楽しい時間。そして夜になって家族が外出してから、再度「おいしいパスタがあると聞いて」のダビングを試みる。20%、21%、前はこのあたりで止まったが…。22・23・……。「CDの録音を完了しました」と表示。よかった。これで来週、車で聴ける。

 日曜日。秋の快晴。洗濯日和。部屋中のカーテンを洗濯して、付け替える。

 毎日嫌なこと、辛いこといろんなことがある。でも、一つだけ、毎日楽しみがありさえすれば幸せに生きて行ける。と私は思っている。

 再び月曜日。あいみょんの「さよならの今日に」を聴きながらの通勤。何度聴いても、深い歌詞。私にこの歌詞の意味が解る日は来るだろうか?

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