新しい太陽と小さな幸せ 第四話 作:越水 涼

 新しい太陽と小さな幸せ 第四話 作:越水 涼

 浩二は肌寒さを感じて、トイレに起きた。まだ外は暗い。夏であればそろそろ明るくなる時間だ。四時。もうひと眠りするかと毛布にくるまったが、撮り溜めているテレビドラマのビデオを観ることにした。テレビを点けビデオに切り替える。ソファーに座り、少し残っていた昨日の朝のコーヒーをレンジで温めた。

 狭い家だ。隣の部屋の二段ベッドの下の段には娘が眠っている。

 今日か明日、選挙に行かないとと思いながらビデオを観る。妻と上の娘は何かのついでに先週済ませていた。自分の娘が”選挙権”を得て、その娘の運転で投票所のある役場に行く。そんなことを若い頃、想像したこともなかった。土曜の朝、ドラマを二つ観終えた頃に妻が起きて来た。

「おはよう」

「おはよう。寒かったねえ」

「そうやな。朝飯は冷凍庫のピザまんでもチンすればいいの?」

「ううん、今朝はフランスパンだよ。父さん切ってくれる?」

「わかった」浩二は半分開けた冷蔵庫を閉めながら言った。

 そして五十センチ程のフランスパンを斜めに切って行った。後で数えると十三切れだ。失敗した。四の倍数ではない…。

「コーヒー入ってるよ」パンを見られる前に浩二は言った。

「うん、ありがとう」

 結婚当初から使っているコーヒーカップにコーヒーを淹れた後で、フランスパンを三切れトースターに入れる。三切れしか入らなかったからだ。コンセントを刺し、タイマーをひねって三分に合わせる。そうしているうちに娘たちが起きて来た。次に浩二は洗濯機を回す準備をする。

「○○ちゃん、選挙どうする?お母さん達は先週行ったからさあ。一緒に行くか?」

「うん…。いいよ」眠そうに、下の娘は言った。

 小学校三年生位までは、「お父さん、お父さん」と浩二を追い回していた娘が、ある日を境に急に風呂に一緒に入らなくなり、ほぼ同じくして口も利かなくなった。そんな娘もこれまた何故か、高校生になると徐々に会話も増えて行ったのだった。今朝も、今行っている教育実習の学校であったことを話してくれた。気まぐれにしか登校して来ない生徒が、帰り際に「先生、バルタン星人って知っとる?」と話しかけて来たという。娘はそれを知らなくて、「ごめん、知らんねえ」と答えると「そっか」と言って帰って行ったというのだ。娘はバルタン星人について知っていたらもっと話が拡がったのにと、残念がった。

 娘は車を運転するようになった。選挙に行く年齢になった。実習ではあるが教壇に立っている。時々、缶チューハイを飲む娘に冷蔵庫から出してやる。浩二はこんな風景を見ることができるなどとあの頃は思ってもいなかったのだ。


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