或る古書店店主の物語 第三十二章 弘子(四) 作:越水 涼
第三十二章 弘子(四) 作:越水 涼
弘子の近況を色々と聞きながら、ふと窓の外を見る。初夏、朝のうちはまだ涼しい。今日はそれ程暑くはならないと天気予報でも言っていた。
「いい日に来たよ、弘子は。今日は暑くならないみたいだよ」
「そう?よかった。私の歳になると暑いのは耐えられないから」
「うん。オレもだよ。うちの奥さんもね。夏場なんか、エアコンのせいで電気料金が二万円行くからね。参るよね」
「ヘえ。そんなに?うちはそこまでは行かないなあ」
他愛もない話を続けた。何かもっと話しておくべきことがあるんじゃないのか、と思いながら弘子の顔をじっと見る。二人が初めて出会ってから四十年以上の年月が経っている。黒子は昔からあったが、しみはなかった筈だ。しかしそんなことはこっちも同じだ。お互い年相応の老人の入り口前にいるのだ。
「浩二さん、何じーと見てるの?恥ずかしいよ」
「あっ、ごめん。何でもないよ」
「うそでしょ。皺が増えたなとか、しみが増えたなとか思ってたんでしょ?浩二さんの思ってることなんかすぐ分かるのよ」
そう言って笑う弘子につられ浩二も笑った。
「それとさあ、朝早く覚めるんだよね。四時とか五時とかにね。夜は布団の上で本を読みながら一ページめくる前には眠くなって。いつの間にか電気点けたまま朝まで寝てる」
「うん。私もたまにあるよ」
「そう?オレは毎日だよ。前は奥さんか娘が電気を消してくれたけど今は一人だからね」
「奥さんや娘さんのとこへは戻らないの?」
弘子の問いかけにはすぐに答えず、浩二は冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「そんなことよりちょっと外へ出ないか?見せたいとこがあるんだけど」
「うん。いいよ。行こうよ」
「どこかの国から贈られた風車がある公園でね。中々景色もいいらしいんだ。実はオレは行ったことないんだけど。前から気にはなっててね。弘子となら行ってみたいなって。今思いついた」
「へえ。私とならなんて、上手いこと言うね。浩二さん」「そりゃあ、昔の彼女となら行ってみたいさ。うちの店のポンコツ軽トラックで三十分くらいあれば行けると思うんだよね」
「うん。行こうよ」
浩二は二人のコーヒーカップを洗って出かける用意をした。
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