続続続・ほろ酔い加減でひとり旅(後篇) 作:越水 涼

 続続続・ほろ酔い加減でひとり旅(後篇) 作:越水 涼

 私が滋賀県の余呉湖に行こうと思ったのは、何もその写真を見たことが理由ではない。それは一つのきっかけに過ぎない。妻と付き合い出してからの確か初めての車での遠出で行ったのが余呉湖だった。そんな場所に急に行ってみたくなったのだ。

 米原で乗り替えた後、長浜で再び待つ。そう、一月はここで降りて、雪の降る黒壁スクエアを散策したのだった。この時間の長浜駅のホームには下校の高校生らしき男の子、女の子が一杯いる。何やら楽しそうに喋っている集団があれば、一人で柱に背をもたれスマホを触る子もいる。電話をしている子も。私はと言えばここで三十分も待つのか、と少しいらだっている。まあせっかくの数時間の休暇なんだ、楽しもうよと自分に言い聞かせて私はホームに流れる心地よい風に吹かれた。そしてやっと来た車両に乗り更に二十分ののち余呉駅に着いた。四時半頃のことだ。駅前は広く周りは畑や田んぼが広がる。その先に目をやると余呉湖が見えた。

 しばらく歩くと余呉湖の全体が見えた。湖の周りを歩けるようになっている。一人が歩ける程度の幅の歩道に入って行った。歩道と言ってもレンガなどでお洒落に加工されてはいなくて、土手と言った方がいいかも知れない。草を踏みしめながら私は歩いた。視界には風にさざなむ水面が拡がり所々でカエルの声が聞こえ、空を舞うとんびだろうか、が見えた。歩きながら私は妻と歩いたはずの場面を思い出そうとした。その時も余呉湖を一周はしていない。今日も時間が限られ何十分の一かしか歩けない。妻と歩いた風景とは違う。勿論記憶はほとんどおぼろげなのだ。もっと高い背の草むらがあったような気がする。一周すればあの時と同じ場所に行けるのかも知れなかった。まだ若い顔と声と服装の私たちの幻影に会えるかも知れないとも思った。が、いかんせん今日は時間がなかった。カメラを手に十五分程歩いてから引き返した。釣り客の車が数台停まっている駐車場があった。あの時はここに車を停めたのか、違う所の駐車場だったか、それも分からないのだ。

 歩道の先に若き日の二人が見える。私の瞼の奥には二十歳を過ぎたばかりの前髪をアップしておでこを見せた妻の笑う顔が浮かんで、そして消えた。



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