或る古書店店主の物語 第三十三章 弘子(五) 作:越水 涼

 第三十三章 弘子(五) 作:越水 涼

 軽トラの助手席に弘子を乗せて海岸近くにある道の駅へと向かう。この島に来て二年が経っていても浩二はそこへは行ったことがなかったが、若者に限らず壮年、老年も楽しめると思ったからだ。運転しながら浩二は思い出していた。昔、弘子とサークル室で話したこと。夏のある日二人で海を見に行ったこと。そして名古屋駅前で偶然会った時のこと。金沢のひがし茶屋街を歩いたこと。

 曲がりくねりながら延々と海岸線沿いを走って来た。ふと、横を見ると弘子は目を瞑っていた。こちら側から見える右の目の下の黒子に目が行く。そう、あの夜浩二の下宿の小さな部屋に来てくれた弘子に、まだ未熟だった浩二は何もできなかったが、ただ先に眠ってしまった弘子のこの黒子のある目尻にキスをしたのだった。

〈オレは何を思い出しているのだろう〉

〈きっと弘子の方はそんな昔のことなんて憶えてもいないだろう〉

 左に白い砂浜のビーチが見える。小さな交差点を右折すると、少し先に道の駅の看板が見えた。

「弘子、もうすぐ着くよ」

「うん。わかった」

 すぐに目を開けた弘子は寝ていなかったようだ。

「そこって大きな風車があるんだっけ?」

「うん、そう」

「灯台とか、風車とか見るのなんていつ以来かな」

 浩二はあの日弘子と行った海の上に見た、青い空に浮かぶいくつもの大きな白い雲が目に浮かんだ。

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