私の大切なひと 作:越水 涼

 私の大切なひと 作:越水 涼

 今日は本当にひさびさのフツーの土曜日。お母さんとお姉ちゃんはおばあちゃんの世話で、家から一時間かかる町へ朝から出かけた。お父さんはいつもの休日と同じように家族の洗濯をし自分とお姉ちゃんのシャツにアイロンをかける。そして溜まった録画してあるドラマを観る。と思う。私は久しぶりに取り戻した日常をまだ浅い眠りの中、ベッドで感じていた。

 あれは先月末、私が教員試験の一次試験を終えた数日後のことだった。お母さんが熱があると言いだした。今流行のアレが疑われた。検査を受けて感染が判明した。その日からお母さんは一人、一階の部屋で生活を始めた。そして、次の日お父さんもお姉ちゃんも咳をしている。「ちょっと、やめてよねー」と私。こんな大事な時に何てこと!

 二人も感染が判明して、一階の部屋に合流したのだった。トイレと水道とシャワーは使えるしテレビもあるが冷蔵庫がなかった。でもそんな不便くらい我慢してよね。私は大事な試験があるんだから(一次試験が通ってればだけど)。私も検査を受けた。日にちを開けた二回目も陰性だった。そして、一次試験通過者発表の日。受かってた。胸をなでおろした。でも正直このあとも十日以上一人で買い物や食事の用意や洗濯をしなければならないし、精神的にもえらかった。もし今発症したらどうしようとか、二次試験までの間にどこかでうつったらどうしようって不安がつきまとった。こんな中でもやっぱり私は教員になりたい。だから絶対受かって見せるって自分の気持ちを毎朝奮い立たせた。大学へ行って模擬面接を何度も何度もやった。こんなに長い間家族と顔を合わせることのない生活なんて、初めてだ。いつも私のことを気にかけていてくれる家族が傍にいないなんて思っても見なかったことだけど、何とか頑張ろうと思った。

 二次試験一日目は論文試験と模擬授業。二日目は面接。やっと終わったけれど何だか手応えはなかった。夜、三人で何ヶ月ぶりかにコストコへ行ってお寿司を買った。三週間ぶりに家族がそろって、お喋りしながらの夕食だ。やっぱり私は一人よりこの方がいいと思った。当たり前だけれど、本当は大切なこの時間。お寿司を食べながら私は心の中で感謝した。

 直接に会わない期間にも幾度となくくれたお父さんの「とにかく気を付けて行って」「ドゥーマイベスト」のメール。いつもはお母さんが作ってくれたお弁当のありがたみ、同年代のお姉ちゃんとの日常のお喋り、そういうことがほんとうにほんとうに貴いものなんだと今更ながら感謝したのだった。最初は思った。私も感染したらどうしてくれるの?試験受けられなくなったらずっと恨むよなんて思ってた。でも今は違う。お母さん達もウイルスに感染したくてしたわけじゃないんだし、そんな中でも工夫して今日まで過ごせたこの三週間の気持ちをきっと私は忘れないだろう。自分はきっと一人で生まれて来たんじゃないし一人で生きてるわけじゃないんだ。ありがとう私の大切なひと。



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