新しい太陽と小さな幸せ 第十一話 作:越水 涼
新しい太陽と小さな幸せ 第十一話 作:越水 涼
夕方図書館に来て、入館の日付を記入する時に気付いた。今日は父の誕生日だったことに。亡くなって九年になる。毎日仏壇に参る時目に入る父の遺影を見ているのに、今日が誕生日だったことに今朝は思い至らなかった。親不孝である。
結局私は自分のことしか頭にないのだ。何を読む?何を観る?何を仕事する?夜はビールかチューハイか?その程度のことしか考えていないのである。明日はあの中小企業庁の調査が大変だ。5S活動調査の報告書を仕上げなければならない。また残業か?残業だと執筆する時間がない。あの蕎麦屋に行けない。と。つまりは自分のやりたいことをする時間が喰われることが厭なだけなのだ。
祖母が亡くなって、母が倒れ、寂しい思いをしていたと思う。父は幼少期に体に大きなハンデを背負い生きて来た。私達を苦労して学校にやってくれた。私には感謝の気持ちが足りなかったと今では思う。大人になってからは父の価値観と私の価値観が相容れず、それ程心のうちをお互いに口に出すこともなく別れてしまった。私がもっと大人になればよかったのに。後悔している。最後に話した言葉さえ思い出せないのが悲しい。
生きていれば八十九歳の父。その誕生日の今日くらい数分でも、あの世で楽しくやっているの?おばあさんとは話してるの?そんなことでも思いを馳せる位のことが何で私にはできないのだろう?この歳になれば周りの大切な人や大切だった人に対して気を遣うことができて当たり前なのに。
もうちょっと何とかならないものか、と思うのだ。自戒する日だった。だからせめて今、一緒に生活している家族や、職場の仲間達のことをもう少しでも気にするようにしようと思う。
「父さん、ごめんよ。もう一回一緒にバナナ買いに行きたかったよ」
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