或る古書店店主の物語 第三十八章 恵子(一) 作:越水 涼

 第三十八章 恵子(一) 作:越水 涼

 あの日から三回目の冬を迎えようとしている。それにしても、さっき見ていた夢は何だ。大学の最初の三年過ごしたアパートの夢。靴も脱がず土足で廊下を歩く私の姿。そう、この部屋がそこで最後に生活した部屋だった。ドアには何かのダンボール製の空箱を貼ってポストにしていた。ドアを開けて中を見ると高い天井と木製のベッドが寂しそうに見えた。私は再び照明のない廊下を歩く。すると、背中の方に私とは別の足音が聞こえて来た。それに気付いた私は足を止め後ろを振り返るがその気配はスーと消えた。

 そこには誰かがいるはずなのだが、暗闇の中何故だか顔が見えない。長い黒髪は分かるのだが顔のところがぼやけて見えるのだ。私は怖くなって廊下を走って逃げた。西側の出入口から三段ある小さな段を飛び降りた。そして雑草の生える地面に降りたところで目を覚まして、これは夢だったのだと認識する。寒い夜の二時頃トイレに行った後再び寝ると、こんな夢をよく見るのだ。そのアパートの夢は何か不安がある時によく出てくる。今までも何度もあった。特に年末や決算期の余りにも仕事に追われっぱなしの時期に多かった。

 あれから四十年以上も経つのに学生時代のあの生活や色んな記憶が夢の中に現れるのがとても不思議だと思う。同時にその夢を見る時は自分の精神状態がやばい時だと認識することになる。

 日の出前の窓を開けて外を見ると、細かな粒の雪がゆっくりと舞って地面に落ちて静かに溶けて行った。それを見ながら私は突然に恵子の顔を思い出した。恵子は私の初恋の相手だ。


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