或る古書店店主の物語 第四十二章 恵子(五) 作:越水 涼

 第四十二章 恵子(五) 作:越水 涼

 エアコンの音が聴こえる。でもあまり暖かくない。そこへこのコーヒーだった。体の奥へと染み渡った。コクがあって酸味が少ないわたし好みのコーヒーだった。

「河井君、すごく美味しいよ」わたしは自分でも驚くぐらいの大きな声で言った。

「そう?ありがと」そっけなく答える彼。

「でね、あなたもわたしもいい歳になって、これからもう一回生きていくのに何か参考になることを聞かせてくれないかなって思って」

「うん。いいけど。でも何も面白い話はないよオレじゃあ」

「そんなことないよ。人によって全然違うんだし、奥さんのことでも子どものことでもいいからさ」

「そう言われてもなあ…」

 河井君はコーヒーを飲みながら考えている。

「そう言えば、恵子は中学の同窓会やクラス会って全然来なかったよな?」

「うん、そうね」

「いつだったか、しいたけ園で中学の同窓会やったときなんか、次の日の明け方までカラオケやってたんだよ。半分くらいはいたんじゃないかなあ、最後まで」

「へえ、そうなの?でもわたしはいやだな。カラオケは苦手なの」

「そうか。でも高校のクラス会だったか、柳ケ瀬のディスコは行ったよね?」

「ああ、そんなこともあったねえ。まだ若かったしね」

「その時さ、オレが赤いトレーナー着てて、河井君がそんなの着てるのはびっくりしたって言ったんだよ、恵子が。妙に覚えてるなあ、そんなこと」

「う~ん、そんなこと言ったかな?」

 わたしは大学一年までは高校からの男と順調だった。でもわたしは地元、彼は東京という距離もあって、だんだんと連絡するのも面倒になって、彼からも来なくなって。大学生は色んなことで忙しかったからだと思う。結局、自然消滅だ。ディスコのクラス会の頃が一番楽しかった頃だった。



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