或る古書店店主の物語 第四十三章 恵子(六) 作:越水 涼
第四十三章 恵子(六) 作:越水 涼
恵子の話を聞き乍ら私は共通の話題を探した。わざわざこんなに遠くまで来てくれた旧友に話すべき話題は何だろう?ああそうだ、恵子は教員だった。
「そう言えば、先生はまだ続けてるの?」
「うん、定年が延びてね。でもあと一年で辞めるわ」
「そうなの?教頭や校長にはならなかったんだね」
「うん。わたしは子どもに接してるのが幸せだったから。先生を管理するなんて考えもしなかったよ」
「ふーん、そうなんだ」
「先生の世界も世の中と同じだけど、色んな人種がいてね。校長の顔色を伺うやつ。同僚の新任教員を誘うやつ。やることが終わったら本当にすぐ帰って行くやつ。真面目で子どもに対して献身的な先生とか…色々」
恵子は少なくなったコーヒーカップに視線を落としながらつぶやくように話した。
「実はさあ、オレの娘が教員なんだよ」
「あっ、そうなんだ」
「うん。今五年目かな。それくらい」
「小学校?中学校?」
「今のところ小学校だけど、そのうち中学校に変わるかもって聞いたよ」
この娘は妻や長女とは違って最低でも週に一回はLINEをくれる。つい最近聞いた話だった。
「そうね。私は前半の二十年くらい中学校にいて、それからは今まで小学校なの。色んなパターンがあるんだけどね」
「ふーん、そうなんだね」
「うん。でもわたしは小学校がウマに合ったと思うわ」
「そう。どんなとこが?」
「中学校って、基本は専門教科を教えるのね。わたしなら数学。まあ、数学に限らずだけど、内容がはっきり決まってるわけじゃない?曖昧さがないって言うかね」
「うん」
「小学校だと、自由なのよ。自由って言うとちょっと語弊があるけど。まだ、わかる子わからない子両方を気にかけられると言うか…」
「うーん、どういう意味かな?」
私の顔がよっぽど変だったのか、笑いながら恵子は言った。
「コーヒーもう一杯淹れてくれない?」
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