或る古書店店主の物語 第四十五章 恵子(八) 作:越水 涼
第四十五章 恵子(八) 作:越水 涼
「これからにつながらない話になるかもしれないけど、聞いてくれる?」
「うん、いいよ」恵子は、昔からいつもこうだ。大抵の場合平然としている。小学生の時から大人びていた。
「学生の時の話だけど」
「うん。私に手紙くれたよね。河井君。自分がどう見られてたか知りたいって」
「そうだったね。よく覚えてくれてたね。流石、先生だよな」
「でね、その頃の話さ。俺、何も知らなかったからさ。酒も煙草もパチンコも、勿論女も」
「うん。そりゃあそうでしょう。河井君真面目だったもん」
「まあそうだけど。でね、お袋が郵便局の口座に仕送りしてくれたその日にパチンコで全部使っちゃうなんてこと、やってたんだよね。ホント馬鹿やろ?」
「うん。でもそんなのよくあることじゃないかなあ、当時だったら。わたしは家から通ってたから”仕送り”の感覚がわからないけど。河井君、パチンコは何で?」
「やっぱり憧れだったから。やってみたらどんどん泥沼に入り込んで行って。恵子はやったことないの?」
「ない、ない。周りの男の子が話してるの聞いたことはあったよ。うん、河井君と同じだよ。五千円だけのつもりが、二万円使っちゃったとか。次の仕送りまでまだ半月あるのにどうしようって言ってた子いたよ」
「同じだね。でもさ、パチンコって単純だよね。穴に入れて、数字か絵柄が揃ったら、大きい穴が開きっぱなしになって玉が大量に出る。だから最初の穴によく入るのが第一条件なんだね。それと、じーっと座ってるとね、無心になれるんだな」
「なるほど。そうかもね」
「無心なんだけど、何か冷静にいろんな事考えてるんだな、その間。不思議なんだけど」
私は恵子の顔を見て話しながらも、意識はあの時の”パチンコ有楽”の空間に行っていたのだった。確かにパチンコは良くも悪くも私の青春の中で重要なイベントだった。
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