1984年春 作:越水 涼

 1984年春 作:越水 涼

 ひょんなことからそのサークルに入部した私は、最初から由未のことが気になった。長い髪と、柔らかそうな唇に自然と目が行ってしまった。彼女は一年生、私は三年生、二歳違った。同じ学年の女学生がもう一人いたが、それよりも由未のことが気になった。

 二か月が経った。広小路通りを東へ歩いていくとダイエーがあった。由未にそこのレジのバイトをしていると以前聞いていた。日曜日、私は向かった。精文館書店で週刊誌の立ち読みをした後のことだ。六月の梅雨の合間の日差しが降る午後だった。

 店に入って遠目にレジが並ぶ方を見た。六か七か並ぶレジの一つに由美の姿を認めた私は、俯いて笑った。気持ち悪い学生だと思う。私にとっては定番の半分のキャベツと豆腐、納豆とバドワイザーを籠に入れた。そして、丁度並ぶ客が居なくなった由未のレジに私は小走りに近付いた。

「おう、○○さん」

 私は面と向かっては名字でしか呼んだことがなかった。

「あっ、河井さん!」

 由未の鼻にかかった驚いた声がうれしかった。

「バイト頑張ってるね。いつからやってるんだっけ?」

「一年生の夏だから、もうすぐ一年かな」

 そう答えて、由未はすぐ値段を打ち込んでいく。

「そうなんだ。慣れてる感じだもんな」

「うん、慣れてるよ」

 これだけの会話の間にレジの金額が出た。

「三百四十円です」

 私はそそくさと鞄の中の財布から百円玉を四枚出して渡す。

「河井さん、ありがとう。じゃ六十円のお釣りね」

 由未は私の手の平に釣りをゆっくりと乗せ同時にもう一方の手で私の手の甲を包むように支えた。ここから私の勘違いは始まったのだった。

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