1984年夏 作:越水 涼
1984年夏 作:越水 涼
扇風機だけの四畳半の部屋。おまけに内側に物入が出っ張っているからその分余計に狭い。そんな私の下宿に今日は珍しく客人がいる。私のサークルと繋がりのあるサークルの一年生だ。私のサークルのBOXに遊びに来て、初めて会った時から好きになったらしい。私も気になっていたあの女学生だ。世間でいう可愛い子は誰もが好きになる。
「だから、俺も諦めたんだけどさ、二人は付き合ってるんだって」
私は、もう何度も繰り返し言っている。
「何でですか。大川先輩のどこがいいんですか?」
「人の好みなんてそれぞれだろ?とにかくもう、二人でコンサートに行ったり、泊りで旅行に行ったりしてるんだって。大川からこの前聞いたんだから」
私は、大川についこの前聞いた話をこの岩井にした。こう言う私もつい一か月前までは由未のことばかり考えていた。BOXで二人きりになった時に、食べ物の好みや、好きな歌手や、趣味は何かなど質問攻めにした。私は自分のことは隠して、彼の相談に乗っているのだ。窓際に置いてある時計の針はもう深夜一時を回っている。晩飯は双美食堂で三百円の定食を食べて、サークルKで缶ビールとつまみを買って私の下宿に招待したというわけだ。彼が来たのは今日が初めてだ。ぼそぼそ喋るのは私と似ている。今風の弾けた学生には程遠い、かと言ってバンカラでもない、取り立てて特徴のない大人しい学生。それに対して、大川は長身の”二枚目”だ。少なくとも外見では私たち二人とも負けている。
三本目の缶ビールをちびちび飲みながら唸っている。セブンスターの吸殻も崩れそうな量になって来た。部屋の中は煙でもうもうとしている。私は立って窓を開けた。
「もう、諦めたらどう?付き合ってる所に入る余地なんてないって」
「でも、僕のほうが、いいと思うんですよね。何かいい方法ないですかねえ」
「ない、ない」
「ないのかなあ」
「まだ他にいるだろ、女の子なんて」
「由未さんみたいな子他にいないですって」
「誰か有名な人が言ってたけど、苦い思いは料理して栄養にしちゃったほうが楽な時もあるんだよ」
「そんなこと言われても…」
私はもう眠くなってきた。彼には悪いが。
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