スパティフィラムの咲く頃に 作:越水 涼

 スパティフィラムの咲く頃に 作:越水 涼

 君は覚えているだろうか?あの白い花。水芭蕉に似たスパティフィラムの蕾が今二つある。君が座っていた席なら、顔を上げれば目の前に飛び込んでくる鉢。カウンターの上にあるそれは、いつからそこにいたんだっけ?もちろん君が来る前からそこにいた。十年?いやもっと前だろう?二十年?そんなに前かなあ?

 本当に水しかやっていないのに。彼女(?)僕はそう思っているけど。彼女は毎年今の時期になると葉が丸まったような先に蕾を作る。よく見るとその先から雫が流れている。今年僕が気付いたのは四月の終わりだ。二つの蕾。大抵は五つくらいの花が咲いて枯れていく。でもこれからの一か月、そうそんなに長く彼女と過ごせるんだ。水も忘れずにあげてるわけじゃない。昨日も今日も今週の当番の子はあげてないんじゃないか?それでも彼女はちゃんと花を咲かせる。毎年毎年、日付までは一緒じゃないだろうけれど、だいたい今頃に蕾をつけて。少しずつ膨らんで、咲いてくれる。僕はその姿に勇気づけられる。

 僕は誰にも顔向けできない人間だ。そんな彼女に顔向けできない。いつもそうだ。気づいているのに言わないこと。きっと後悔するのに、誰かが気づいてくれるのを陰から見ているような。あの時も、そしてあの時も。今となってはいつからなのか正確にはわからないが、何か違和感があった。水が流れる音。横を通る時。いつもはしていないであろう音だ。明日は止まっているかもと思って放っておいた。次の日も次の日も変わらず音はしていることに気づいていた。他の人はどう思っているのか?気づかないのか、こんなことに?彼らも誰かが言うのを待っている?果たしてそうだろうか?気づいているのは僕だけなのか?

 最初から言えばよかったんだ。何か思うなら最初から。いつもそうだ、昔からそうだ。全然成長していない。今日、隔月で来る水道の検針の人が言ってくれた。「いつもの十倍の数値です。モーターの回転数が異常です。水道業者に見てもらったほうがいいですよ」

 嫌な記憶になってしまいそうだ。せっかくのスパティフィラムの季節、あの花を見るたびに今日のことを思い起こすのだろうか?先延ばし先延ばしの人生。ただただ、こんな自分が恥ずかしい。


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