新しい太陽と小さな幸せ 第十三話 作:越水 涼
新しい太陽と小さな幸せ 第十三話 作:越水 涼
自費出版のお客様からの電話もよくかかってくる。
「可愛くてなあ。傍に置いときたいんだわ」
先週から幾度となくかかってくる老人のお客様の電話。家族がおられるのかは知らないが、今は老人ホームで生活しているらしい。かつては某地方銀行でいいところまで行ったらしい。当時の威張り癖が抜けないのか、もともとの性質なのか、私達には電話口で声を荒げられることもある。
「営業が外出中だからって、何か自分でもっと、お客様に対しての答え方があるのと違うかね?」
そう言われても、担当営業と何を話しているかまでは私達に情報は来ないわけで、営業が出かけていれば、言われたことを伝えておくとしか言いようがないのだ。
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「…はい。今、営業が出かけておりますので、折り返しの電話をするよう伝えておきます」
「○○○が百冊、△△△が二十冊ですね?そのように伝えますので…」
事務所には私ともう一人、女子社員がいて電話応対をしている。
「またあの人?」
「はい。今日、もう三回目ですよ」
「僕も二回」
「昨日も電話ありましたよ」
「うん。参るよな」
営業からの納品請求書の発行依頼書では〇〇〇は二十冊、△△△は五冊となっている。明日が納品予定日だ。明日ではなく、今日が納品日だと思っているのと、冊数も違っている。私達は時にこういう困ったお客様に振り回されることがある。
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朝は六時に起き、トイレに行く。十分前に炊き上がった飯をかき混ぜておく。そのうち妻が起き出してくる。「おはよう」「おはよう」妻もトイレに行く。冷蔵庫から弁当用のおかずを取り出している。私は三人分の弁当箱のご飯のほうにご飯を入れる。妻には今日は何かご飯多くない?などと一言言われたりする。私の性格は適当なのだ。柔軟性があるのだ。多く炊いた時は多めに、少なく炊いた時は少なめにというように。
布巾とタオルを洗濯機に入れて、風呂へホースを突っ込み、洗剤と柔軟剤を入れて、洗濯機を始動する。仏壇へ供えるお仏飯を用意して、一階へと降りて行く。即、引き上げたお仏飯と、トーストした食パン一枚が朝食だ。テーブルに弁当を包む布巾を置き、せんべい布団を畳み、歯を磨き、顔を洗う。
その間に妻が手際よく、数種類のおかずを詰めて、保冷材とコストコのバナナを載せて、包んでくれる。
「ありがとうね」妻に弁当の礼を言う。
やっと起きて来た二人の娘と、妻に言う。
「行ってきます。気をつけてね」
毎日のこんな同じ光景。この歳になってやっと、思う。昨日と同じことが日に日にできなくなって行くのが老いだとすれば、一見、成長がない、同じことの繰り返しに見えることができていることが、老いていない証左で、それだけで十分な幸せなのではないのかと。
やっと朝は肌寒くなった。顔を上に向けると秋晴れの空が見え、道には私の大きく延びる影が見えた。
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