佐々木君どうしてる? 第二章 梅田文書堂にて 作:越水 涼

第二章 梅田文書堂にて 

 私の会社では全額会社持ちの社員旅行が毎年大抵十月から十一月にあった。九十人の社員のうちほぼ全員が参加した。一泊二日の国内旅行でバス旅行の場合が多かったが新幹線や飛行機での旅行もあった。年に一回とは言え社員のほぼ全員が一緒に旅行をすると言うのはやはり”一致団結”と言う意味でとても重要な行事だったように思う。

 大広間のステージで各課の出し物やカラオケ大会をする。ホテルには大浴場があり、夜の宴会の料理はもちろん私が家で食べることのない豪勢なものだった。二次会でホテルのスナックへ繰り出す。課の垣根を越えて親しくなる。その社員旅行もこの十数年残念なことに行われていない。

 そして今は在宅勤務やら時差出勤やらソーシャルディスタンスと言う名の離散状態で、社内のバラバラ感が一層悪い方向に行く原因になって行くようだ。

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 美濃北方駅の近くに商店街があり、私達がよく行く本屋がある。私は井上靖が好きで教科書にあった『しろばんば』から始め『夏草冬濤』も読んだ。大学生になってからは『冬の海』も読んだ。それらは”文庫本”で買った。”文庫本”と言う物を生まれて初めて買ったのも確かこの本屋”梅田文書堂”でだった。この町では一番大きい本屋だった。高校時代の私の小遣いは殆どが文庫本代に消えた。私はその手軽さと紙の薄さ、インクと紙の匂いを好きになったのだ。

 この日も佐々木と私は梅田文書堂で立ち読みをし乍ら、本棚と本棚の間の狭い空間で喋っていた。

「佐々木は今何読んどるの?」

「わしは松本清張と森村誠一やな」

「ふうん。僕は読んだことないなあ二人とも。名前は知っとるけど」

「二人とも細かいんやて。登場人物がどういう性格でこういう行動をしたんだっていうのを細かく細かく描写しとるのが凄いなあと思って」

「へえー」

「事件を何でそいつが起こして周りの人がどう影響を受けたとか、それによって人生を狂わされたとかっていうのを順序立てて描いとるで、凄いと思うわ」

「なるほどなあ」

 私は佐々木の分析に感心するばかりだった。これだけのことを言えるのにはやはりかなりの数の本を読んでるのだろうと思った。

「河井は何読むの?」

「井上靖かな」

「ふうん。舞台が昔やな。戦前の物語と戦後の物語って全然違うもんな。わしは戦後の方が好きで、今かせいぜい六十年代からの話が面白いと思うなあ。何か世の中が活気がある頃の方が、明るいことも暗いことも両方一杯起きとるような気がするでさ」

「なるほどなあ」

 この時私は、私なんかより佐々木が何倍も何十倍も小説を読んでいるんだろうなあと思い、国語が得意なのもこのためなんだろうなあと思った。

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 佐々木、今、どこで何してる?昔みたいに、小説のこと話したいよ。

 もうすぐ十一月、昨日図書館から外へ出て何気なく空を見上げたんだ。そしたら、秋晴れの空に羽ばたくことなく羽根を大きく広げたタカが風に乗って優雅に舞うのを見たんだ。ちょうど新聞に今の時期「タカの渡り」って言うのがあるって書いてあってさ。越冬のために北海道から来て、新潟、長野、琵琶湖、瀬戸内海を抜け、九州を横断して五島列島を渡って行くらしい。その途中を見たのかなあって思ったんだ。どうしてるんだ佐々木?


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