片道一九八〇円の旅 二.想い出を探る 作:越水 涼

二.想い出を探る

 十時八分、河井浩二が乗った新快速は豊橋駅に着いた。いつからか新しくなった駅ビルに乗り入れているその改札を通り店内の人混みを歩き東口を出た。広小路通りを歩き、まず豊橋公園を目指すことにした。ときわアーケードと精文館書店の存在を確認し写真を一枚撮ったその時、ガラケーが振動した。

 ふたを開けるとメールが来ている。それは会社からで、彼の代わりに納品書の発行をしてくれている後輩からだった。一人旅の出鼻を挫かれた様だが、仕方なく丁度目の前にある電話BOXに入った。テレホンカードを入れて会社の番号を押してみるが会社側の設定で繋がらない。迷惑電話対策なのを思い出し仕方なく携帯で掛けなおした。長々と色んな説明をしているといつの間にか三十分も経ってしまった。彼は大きく溜息をついた。彼の携帯は家族以外は余分に金がかかる契約なのだ。会社側から掛け直してもらえばよかったと思ったが後の祭りだ。

 気を取り直し電話BOXを出て再び歩き出す。水曜日は鈴木珈琲店が休みなのは分かっていたがときわアーケードを歩く。かつての東海銀行はホテルチェーンになっていて、何度も味噌ラーメンを食べに入ったラーメン屋はセブンイレブンになっている。精文館書店の一階にあったレコード店も無くなり本が並んでいる。新型コロナウイルスの影響か、夜の店が多い為だからかなのか分からないが、両側の店の多くが閉まっている。シャッターが閉められている鈴木珈琲店を通り過ぎ前方を見ると当時入ったことのある喫茶店フォルムの灯が見える。その通りを右に曲がりまた一つ目の通りを右に入って歩くと再び広小路通りに戻った。

 この通りにはダイエーがあった筈だ。ダイエーの食品売り場のレジでバイトをしていた同じサークルの女の子がいたのを想い出す。友達がバイトをしていて大盛にサービスしてもらったスパゲティー屋もない。生まれて初めてポルノ映画を観た映画館もこの辺りだったと思っても分からない。

 ただでさえおぼろげな、薄くぼやけた想い出の場所はみんな、駐車場かカラオケ屋かコンビニかチェーンの食べ物屋かマンションかになってしまったのだ。彼は今ここにいる、折角来たこの街が、五年間も生きたこの街が、初めて来たかの様に思えてしまうことが酷く残念に思った。

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