佐々木君どうしてる? 終章 佐々木、助けてくれ 作:越水 涼

 終章 佐々木、助けてくれ

 人は何故生まれて来るのかなどということは、本当のところ誰も知らない。だけれど答えはそれぞれの自分が作ればいい。そして生まれて来たからには生きるその日々を悔いなきように。生きていることそのこと自体が奇跡なのだ。今日眠りに着いて明日の朝を迎えることに感謝しなければならない。でも誰に対して?そう自分に。生まれて来て今生きているのは自分の力なのだ。一方で何かの理由で生きていないならばそれもまた自分の運命なのだろう。それら全てを受け入れよう。

              ×××

 佐々木と私はそれぞれの大学生活を送っていた。手紙や年賀状のやり取りは続いた。佐々木は大学を四年で卒業し故郷の信用金庫に就職した。私は卒業はしたものの、もう一年豊橋の地で公務員を目指して就職浪人することになった。勿論アルバイトはしなければならず、学習塾で中学の英語と数学を教えていた。そして私は佐々木に遅れること一年、社会に出た。名古屋に本社のある書店を運営する会社に就職したのだ。そんな四月の日曜日、佐々木から電話がかかって来た。

「久しぶり、今から会えないかな?」と佐々木。

「おう、久しぶり」と私。

「家に行ってもいいか?」

 佐々木は高校時代に一度だけ私の家に遊びに来たことがあった。私にとっては自分の部屋に友人を入れることなど後にも先にもこの時だけだった。今回はどうやら私を彼の信用金庫の客にしたいということらしい。私は高校時代の唯一の友人の佐々木の頼みなら何でも聞く積りだった。

 電話の後、三十分程で佐々木が来た。二階の私の部屋へ上がった。

「河井、定期積金って言って毎月決まった金額を積み立てて行くっていうのがあるんだ。それをやらんかと思って」

「ああいいよ。まだ会社に入ったばっかやで高額は無理だけどさ」

「じゃあ、月三万円でどうかな?」

「うん。それ位かなあ」

「あとさ、クレジットカードにも入ってほしいんやけど。買い物の支払いが先になるし、かと言って利息を取られることはないからいいと思うんやけど」

 佐々木は一気に用件を話した。私は正直何か高価な物を買うことは滅多にないからカードなんてと思ったのだが、佐々木の成績になるのならと作ることにした。

 それから彼は毎月定期積金の集金に来て、二人とも時間があれば近くの喫茶店で、会社の話などをした。そんな中一度だけ岐阜の柳ヶ瀬のスナックに連れて行ってもらったことがある。彼はその店の馴染みらしく、ホステスとも親し気に喋っていた。時折げらげらと大笑いもしていた。彼が女性と喋るのを見るのもほとんど初めてだった。東京に行ったからか、やはり職業柄なのか少し驚いたのを憶えている。一年とは言え私の大分先を歩いているんだと思った。かなり酔っぱらってしまい、この夜初めて佐々木の家に泊めてもらった。

 あくる朝起きると、その部屋には大きなステレオデッキがあり、さだまさしやオフコース、ビートルズなどのLPが並んでいるのに気付いた。

「おはよう。大丈夫か?だいぶ飲んだなあ」と、佐々木は二日酔いの私とは違い普通に話して来た。

「なんか楽しかったで、飲み過ぎたわ。また連れてってくれんか?」

「そうやな。また行こうな」

 それから三年程経って集金日ではない日に会いたいと電話があった。何かいつもとは違う妙に暗い声に、何の話なのか聞いても会って話すと彼は言った。

 いつも行く喫茶店で私達は話した。佐々木は水を一口飲んで話し始めた。

「実は信金を辞めることにした」

「えっ、何で?」私は驚いて聞いた。

「土、日も外回りあるし、平日も色々やらないかんことがあってさ。何かこの仕事に追われとるのがもう耐えれなくてさ」

 そうだ。私の仕事とは違いノルマが課せられ、上司に文句を言われるのは大変なんだろうなと思った。給料は彼の方がかなり多いのは想像できたが、少なくとも私は好きな”本”に囲まれて仕事をしている。その方がいいに決まっている。

 少し間を置いて彼は話を続けた。

「実は他にやりたいことがあるんだ。法学部に入ったのも弁護士になって社会の中で弱い立場の人を救えたらいいなあと思ったからやで」

 確かに何度かこんな話は聞いたことがあった。法律はほとんどは庶民の味方をしてくれないが、弁護士が頑張ればほんの少しだが弱い者を救うことができるはずだと佐々木は言っていた。

 私達が社会の様々な種類の敵や理不尽なことに打ち克ってもう一日長く生きて行くのに必要なこと。何だろうか。会社での評価が目に見える、目立つ者には高く、こつこつ誰の目にも留まらない小さなこと、だけれどそれがなければとたんに会社は傾くのに、気にされもしない、評価されない人々。

 家族や同僚や小説や音楽やお笑いやスポーツに助けられ、毎日のほんの小さな喜びに感激し、自分を納得させ何とか生きている大多数の人々。せめてもの気分転換も自粛するよう強要される社会にどう生きればいいのか。百年前にも同じようなことがあったとは言え、私達にとっては初めてのこと。何が正解で何が間違っているかも分からない。勿論私の考え方にも自信はない。

 佐々木。お前は今、この指導者のいない、羅針盤のない社会でどう生きているのか。弁護士になったのか?どこにいるのか?この僕に何か教えてくれないか?

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