新しい太陽と小さな幸せ 第十二話(後篇) 作:越水 涼

 新しい太陽と小さな幸せ 第十二話(後篇) 作:越水 涼

 寿司屋を出た私は、昨日ネットで調べておいた愛知県図書館に行くことにした。地下鉄に乗り二百十円の区間だ。なぜ愛知県図書館かと言うと、知らなかったのだが今年は松本清張の没後三十年で、ちょっとした特設コーナーを設置しているのを知ったからだ。確かに小さなコーナーではあったが、かなり久しぶりに見る清張の写真とその日本中を舞台にした作品群を見てあらためて偉大な作家だと感じた。それはそれでいい時間だった。私は何十年かぶりに清張の作品を読んでみたいと思った。

 ソファーに座った私はふと、もう三年も会っていない森野にメールを送った。「ご無沙汰です。有給取って愛知県図書館に来た。なんか休んでも遊べないんだよね。うしろめたくてサ。11月に会えませんか?」するとすぐに返信があった。「今日は一日名古屋にいるんですか?午後時間空いているのであればお茶くらいなら行けますよ」

 こうして私達は”名鉄レジャック”にあるドトールコーヒーで待ち合わせた。店の前に猫背で立っているのは確かに森野だった。

「おう。お待たせ」

「お久しぶりです」

「うん」

 店内に入って二人ともアイスコーヒーを頼んだ。そして空いている奥の席へと向かった。

「ごめんね。急にさあ」

「いえ、いいですよ。今日は時間があったんで」

 私達はお互いの近況を話した。話して行くうちにコロナのことになり、二人ともがほぼ同じ頃に療養していたことを知った。おまけに彼は家の玄関前で足を捻って入院していたと言う。三十分ほど話して私達は名鉄の改札前で別れた。森野は何かの試験の願書をもらいに役所に行くと言った。まだ子どもが小さいからと飲みには行けないと言っていたが、そんな時間も限定なのだ。その時その時で一番求められていることに頑張ればいいのだ。今度家族で旅行に行くと話してくれた彼の顔が印象的だった。

 こうして帰路に着き、行きと同じように名鉄岐阜駅前からバスに乗った。満員のバスの中パイプを握り、夜の街を見ていると「恐れ入りますがどちら様でしょうか?」とメール。楳津さんからだった。その後のやり取りで、機種変更した時に昔の関係者の殆どを登録しなかったことや昔の会社の同世代の人と山登りや時々会っているのだと知った。商工会議所のパソコン教室で勉強し直したりしているとも。皆それぞれの場所で、意味ある時間を送っているのだ。それに比べ私はどうだろうか?部分部分で問題に目を背けて、後回しにして。ただ飲んで寝て朝を迎えて。このままでいいのだろうか?そう考えながらも、今日”話した”寿司屋の大将や森野や楳津さんと”共有”した時間があったことは小さくても幸せなことではないのか。そう思い直した。最近読んだ小説にも書かれていたように「この世に存在するものにムダなものはない」のだと。私の存在も、自分は誰からも期待されていないと思ってしまう厭な自分も含めて、ムダではない、きっとそうだと思って。明日も真っ青な空が待っていると信じて。


 



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