五十五年前へタイムスリップした話(前篇) 作:越水 涼

 五十五年前へタイムスリップした話(前篇) 作:越水 涼

「こんなことがあるんだねぇ」私は妻に向かって今の電話の内容を大きく驚いて見せた。

 私の住む地域では墓地の周辺の町内会長が「墓地委員」となって管理費の徴収や雑草やゴミの処理にあたっている。役場が管理していないのである。今年から町内会長になった私はこんなことまでやるのか、と最初大いに閉口した。

 その管理費の徴収の際の話である。私の住む「青空町」はわずかに十六軒だが、その墓地に墓を持っていない家もある。一方、ずっと昔に外へ引っ越してしまい今は住んでいなくても墓を残している家もあるのだ。名簿にある山元さんはそういう家だった。私は連絡しなくてはならなかった。今は愛知県に住んでいる。名簿に記載されていた電話番号に電話してみたのだが繋がらないので、仕方なく手紙を出すことにしたのだった。

〈前略 突然のお手紙お許しください。『黒野墓地』の維持費が年五百円となっており、今回は令和五年・六年分として千円の納入をお願いしたいです。私は青空町の町内会長で「墓地委員」の河井浩二と申しますが自宅の電話(○○○○‐○○‐○○○○)へご連絡頂けると幸いです〉こんな感じである。

 この手紙を見て電話をしてくれたという訳だ。さっきのセリフは手紙を出してから三日後の夜の私のセリフなのだ。

 私はまだ仕事から帰っていなくて、妻が電話に出ていた。山元さんは話したと言う。

「そのお墓は、息子が一年前に撤去したはずですよ。ちゃんと届け出もしてあるはずですよ」と。

 妻が言うのには、声の感じからすると、八十歳位のお婆さんだったらしい。落ち着いた上品な感じだったと。私は帰宅後すぐに妻が聞いた携帯電話の番号に電話をかけた。どうやら携帯電話でしかやり取りしていないらしく、自宅にかかって来ても出ないようにしていると言ったらしい。

「山元さんの携帯でしょうか?私、先ほどお電話いただいた河井と申しますが」

「はい。はい。河井さん?」

「はい。お墓のことでお手紙差し上げた、青空町の町内会長の河井です」

「はい」

「今、妻から聞きましたが、お墓は撤去されたということですね?」

「はい。息子がやってくれました。もう三年位○○町に行っておりませんけれど、お墓はもうないはずですよ」

「そうでしたら、その旨墓地委員長に報告しておきますね。手続きもちゃんとされたということでしたら、多分こちらの記録がしっかりしていないんだと思いますので。すみませんでした」

「はい」

「ところで、山元さんは何年位前までこちらに住んでおられたのですか?」

 六十歳に近づいた私の記憶にはない山元さんのことを一応聞いておきたかったのである。その問いに答えてくれた山元さんの話に私は驚いた。



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