或る古書店店主の物語 第四十六章 恵子(九) 作:越水 涼
第四十六章 恵子(九) 作:越水 涼
「でもやっぱりね、お袋が苦労して作ったお金を、僅か何時間かで散財しちゃうことに何も思わなかったわけじゃないんだよね」
「そうだよ。もったいないよ」
「うん。反省してるさ。でもその頃は、直後は後悔してもまた数日経ったら同じことの繰り返しでさ。馬鹿だったよな」
「うん」
「お袋に電話してさ、ごめん、もう二万振り込んでくれって言って。親父は自転車で夜勤で通ってたし、お袋は家で”ミセス”だったか、そういう服飾の雑誌を客に見てもらって、寸法測って、仮縫いなんかして服を作るような仕事してたんだけど。値段も自分で決めてね」
「へえ、凄いんだね」
「うん。今じゃそんな仕事、考えられないと思うけど、そうやってオレは大学にやってもらったんだなって、今では感謝してるよ。でも当時はさっき言ったみたいにパチンコにつぎ込んでた。そりゃあ、自分でバイトして稼いだ金ならまだしも、そんなに大きな金にはならない仕事で親が朝から夜まで働いて作った金をさ、送ってもらってたんだよな」
「そうだけど。でも河井君だって、親になって子どもにお母さんがやってくれたように大学にやって、まあまあの生活ができてるんでしょ?」
「ああ、まあ。今はオレの勝手でこんな生活してるんだけど。子どもが高校や大学の頃は通勤時間も入れたら半日は会社だったもんね。稼ぐために、上の評価を上げるために休日出勤も時々してたし」
「そうなんだ」
「まあ、でもそれも違ってたと思う。自分一人だけで頑張っても、たかが知れてるよね?恵子の仕事もそうだろうけど。皆で協力してやらないとね」
「それは、その通り。何年も一人で背負い込んでたら体も心もぼろぼろになっちゃう。でも、結局どの時代だって、誰だって、親にやってもらって、次に自分がその立場になってっていう繰り返しなんじゃない?その時々に自然にやってるっていうか。仕事のやり方はやっぱり体も考えてやらないといけないけど」
「うん、そうなんだろうけど…。世の中って難しいからな」
ふたりとも、年相応の白髪と、顔のシミと、経験をくっつけて生きているのだ。オレと同じように恵子にだって色んな苦労があったに違いない。先生なんてきっとそうだろう。二人がこの場所で、こんな会話をしていること、奇跡だと思う。
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