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或る古書店店主の物語 最終章  作:越水 涼

 或る古書店店主の物語 最終章  作:越水 涼  恵子が帰って行ってからも、私はずっと考えていた。ここでの生活は何物にも代えがたい時間を作ってくれた。それは、まぎれもない私の気持ちだ。だが、母が亡くなってからもう四年が経つ。そろそろ潮時というやつか、と思った。そんなことを思うようになった今日久しぶりに母が夢に現れた。 「浩二、もういいんじゃないの?お前のやりたかったことは大体できたんじゃないのかね?家族って言ってもずっと一緒にいられるわけじゃないの。病気にもなるだろうし、誰かと一緒になって、出て行くかもしれないんだし。今が帰って家族と向き合う時じゃないの?まだまだ若い今のうちにね、ちゃんと家族と向き合う時間を作らないとね」 「母さん、それはわかっとるけどさ。あいつも、子どもももうずっと前から僕から離れてしまってるんだよね、目の前にいてもさ。一緒にご飯食べても、テレビ観てても僕はそこにいないものとして生きてるんだよ」 「なんで?そんなことないって。何も喋らなくっても、分かってるからよ。あんたあの子と付き合いだして何年?」 「三十五年位かな?。四十年近く」 「そんなに長く一緒にいたら、離れようにも離れられない物よ。もう我慢できないって思うことがあったとしても、何日も引きずることはないってこと。十九、二十の若い子なら別だけどねえ」 「そんなもんかなあ」 「そうそう、だから、帰って、もう一回だけやり直してみたらどう?」  母が体調を崩して微熱が続き、食事もままならないと施設の人に聞いたのがこの時期だったのを思い出す。街路樹が秋の色になって、北のほうでは積雪のニュースが流れていた。  母の夢を見てから数日後、長い一つの旅を私は終えた。五年前、偶然にフェリーで出会った老人から話しかけられて、古書店を引き継ぐことになった。古書店としては今一つだったかもしれないが、この土地で新しく多くの人と出会い、古い友人が訪ねてくれた。それらを記憶しながら私はもう一度、生まれた土地で家族とともに生き直すことにしたのだ。  今日私は散々な勝手を許してくれた家族へ恩返しをするために、あのフェリーに乗って帰るのだ。今度こそは私のためではなく家族のために、自分以外の誰かのために、この命をかけて生きていこうと思う。                            完

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